吉野の桜と病
奈良の吉野は、全国的にみて桜の木が多く、「千本桜」としても有名です。
私も学生時代に訪れたことがあり、山々に咲き乱れる桜が見事で、桃源郷に来たように感じました。
古くは白鳳時代、吉野の金峯山寺を開いた役小角(えんのおづの)が桜の木で蔵王権現の仏像を作ったことが始まりとされています。
蔵王権現が掘り出された山桜は、いつしか聖なる木とされ、お参りする人が山に桜を植え続け、最盛期で10万本にまで増えたそうです。
ところが近年、桜の木は3万本にまで減少し、なんとその半分に相当する数の桜が、何らかの病気にかかっていて、このまま放置すると10年で全滅する恐れもある危機的状況にあります。 最初、原因は桜の老化と害虫被害にあると考えられていました。
病にかかった木を一本一本、丁寧に治療していたそうですが、一向に病の拡散を防ぐことができません。
そこで山全体の状態、地球温暖化という地球全体の状態にまで視野を広げて、桜に悪影響を与える原因を究明することになりました。
そして主な原因がナラタケモドキというキノコによる土壌性の病気であることをつけとめました。
このことは、とってもセンセーショナルなことでした。
根に有害な菌が大量に発生し、木の生命力を低下させていたのです。
山にはないゴミによる土壌汚染が菌の増殖を助け、木の密集による根の発育不全によって菌に感染しやすい状況にあるようです。
それに加えて、忌地(いやち)現象と呼ばれる「同じ作物を作りつづけると、作物の育ちが悪くなる」ことが関係している可能性もあり、今後の植樹にもいろいろな対策を講じる必要があるようです。
吉野の桜の病気の原因が、単なる老化や害虫によるものではなく、人間による土壌汚染、人工的に作り上げた生息環境にも原因があることがわかりました。
ひとつひとつの木を観察するだけでは、真の病気の原因をみつけることはできなかったのではないでしょうか。
木を育む山の生態系、それに関わる人間の行動、地球規模での温暖化など、桜の木に関係するあらゆる要素との関係を考慮しなければ、長い歴史を刻んできた吉野の桜は救うことができない状況にあるようです。
「木を見て森を見ず」という言葉が、皮肉にも吉野の桜にも言えるようです。
このことは、東洋医学の全体性に共通することであり、病は全体のバランスから見ることが大切であることを知ってほしいと思います。